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三畳一間の展示室


松の内が明けるころ、
滅多にない大雪に見舞われた京都の街。
そして、真っ白な雪化粧をした鴨川のように、
今宵堂も少しばかり、衣替えをいたしました。

うちは、築約80年の小さな町家。
大家さんが手塩にかけて愛おしんでこられたおかげで、
十年間、その姿のまま住んできました。
しかし、今回、玄関先の小さな展示室である
三畳間の床を張り替えてみることにしました。

私たちの十年目の小さな衣替えを
引き受けてくださったのは、
友人の建築士「STAGE」の毛利さん
腕利き大工「小山建築」の小山さんと弟子の和馬くん。

そして実は、張り替えのための床材を、
毛利さんが不思議なご縁で手に入れてきてくれました。

現在、京都市内で作られる「やきもの」は、
主にガス窯や電気窯で焼成されています。
昔は登り窯による焼成が主流でしたが、
昭和46年に市内で大気汚染防止条例が施行され、
煙を排出する薪が焚けなくなったことで、
次第に登り窯は役目を失い、姿を消していったそうです。

昨年まで、京焼の産地・五条坂界隈には
5基の登り窯が京焼の遺産として残っていました。
しかし、その内の1基「井野祝峰窯」が
人手に渡ることになりました。

井野祝峰窯は、江戸時代の後期に築かれた登り窯。
陶工たちの共同窯としても活用され、
私たちの憧れの名工やお世話になった恩師たちが、
腕を磨き、数多のやきものを生み出してきたと知りました。

そして、窯道具のひとつに「桟板」があります。
轆轤でひいたものを載せ、削り出したものを載せ、
釉掛けするものを載せ、窯に詰めるために載せて、
窯から出したものを載せて・・・、
つまり、制作の過程でひたすら「載せる」ための板です。
桟板に触れない日はなく、傍らにはいつもあるもの。
材質は、ほぼ杉。うちにも30枚常備しています。

下りが長くなりましたが、
一年前、人手に渡る前の祝峰窯の桟板を
毛利さんが譲り受けてきてくださって、
それを大工の小山さんが床材として加工してくれたのです。
ただ単に張るだけじゃつまらない、
何かこの空間にストーリーをとの粋な計らいなのでした。

小山さんのお仕事は、とても丁寧。
桟板の木目の美しさを残しつつ、
きれいな仕上がりの床が生まれました。
ちょっと悪戯で瓢箪を隠したりなんかして・・・。

白木の床板は、工房の雰囲気に合わせて色を纏い、
改装したとは思えないほど、しっくりと馴染んでいます。
無垢の杉板のあたたかみもじんわりと伝わってきます。

10年前に夫婦ふたりで始めた今宵堂は、
歴史や伝統を担うような工房ではなく、
私たちの作るものもいわゆる京焼でもなく、
ただ好きで暮らしているこの街の景色を見ながら
作っているだけの小さなお猪口屋さんです。

しかし、20代の頃に貪るように探った古い京焼の姿と
自分たちの若い情熱を、この床板は思い出させてくれました。
今は、うれしいことにたくさんのご注文や
企画のお仕事をさせていただいていますが、
10年前は、どこに流れるか分からない心持ちで、
必死に古き良きやきもの達を凝視していたように思います。
こちらは、工房を始めたばかりの展示室・・・。

あの頃、美術館や書籍で触れたやきものの中には、
井野祝峰窯で生まれたものもあったかもしれません。
「登り窯」の時代は、もう過去でしょうか。
でも、その窯にあった歴史の断片は、
この小さな工房に残ってくれました。
これから、古の陶工たちの残り香を感じながら、
淡い浪漫を抱えて、より酔い酒器を並べていきたいと思います。

  • 2017/01/29

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