桜吹雪と武将の盃


青々と繁った木々の姿に見慣れた頃ですが、
ふと思い出す、薄紅色の風景。
春の酒器展 『酔わせてみせようほとゝぎす』は、
丁度、桜の見頃を過ぎた頃に終焉となりました。
御礼遅れてしまいましたが、
ふらりひらりとご来訪いただいた呑兵衛のみなさま、
ありがとうございました!

今回の展示は、慶長三年の春、伏見・醍醐寺にて
太閤・豊臣秀吉が催した大酒宴を舞台としました。
「醍醐の花見」と呼ばれるこの盛大なドンチャン騒ぎは、
側室たちや諸大名から女房女中ら大勢を召し従えた
現在の呑めや唄えやの「庶民の花見」の元祖と言われています。

と、この展示の事前の告知内容は、ここまで。
案内状を手にされた方々は、一体どんな酒器が並ぶのか?
と訝しげな気持ちで、会場を訪れて下さったご様子でした。

今回も「ギャラリーH2O」さんの城造りに萌えました。
桜色の吹雪の中、まるで墓標のような白黒の舞台。

そう、ここに招かれしは、
華麗な衣装を身に纏った女人ではなく、
秀吉とともに戦国時代を駆け抜けた「戦国武将」たち。
しかも一握の酒器へと変わり果てた姿で。

日本の歴史の中でも「戦国武将」は
その輝かしい武勇伝をカッコよく語られる存在。
戦場を駆け抜ける「武将」のもつ魅力は、
桜の残像のように、美しく舞い上がって
数百年経った今も、胸を高ぶらせてくれます。

しかし、今宵堂がこの展示で掬い上げたかったものは、
戦国武将と「酒」の話を軸にした、
鎧の奥に潜む、幾分滑稽な姿でありました。

呑む者の心を緩める力をもつ酒とはなんとも罪なもの。
一国一城の猛者たちにも、私ども下々の者と違わず、
酔いが招いた過ちや触れられたくはない過去があります。
欲に溺れたり、恋に焦がれたり・・・。
どれほど力を手に入れようと、変えられない己を露呈するもの。
酒とはそんな魔力=魅力を持ったものなのですね。

今回は、そんなお酒と武将に関わるエピソードを
酒器にして表現してみました。
秀吉を筆頭とした「武将」の酒器たち。
こちらのfacebookページのアルバムからご覧いただけます。

史実を紐解いている時に、ふと心に残った言葉がありました。
「もっと平凡に生きたい。良い人になりたい。」
という意のことを、幾人もの武将が書き留めておりました。

野望や栄光は人に力を与えてくれます。
しかし、安らぎという幸せは、
どうすれば手に入れることができるのか、
保ち続けることができるのか。
人として愛おしむ「大切」なものを
常に犠牲に晒す日々は、いかに武将といえども、
過酷な日々であったのでしょう。
だからこそ、束の間の夢を見させてくれる「酒」を介して
様々な悲喜交々の小話が生まれたのかもしれません。

あの花見の展示から数週間、
私たち家族は、小さなちゃぶ台を囲み、
ごくごく平凡な晩酌を繰り返しています。
そして、時折、武将の盃を手にするたびに、
このささやかさの意味を思います。

戦場を伴にしてくださったみなさまにも、
夏の穏やかな酔いが、
どうぞ健やかに流れて行きますように。


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